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2008年02月22日

環境によって左右される?

環境によって成長が左右されるとはいうけど、これって本質的ではないよね?というのが持論。

環境によって左右されるのではなくて、その環境によって評価基準が異なるからそれに左右されるんじゃないのかな?

評価の基準が異なれば、同じものであっても、異なった捉え方をされます。だから同じ自分であってもどこに身を置くのかで、価値が変化する。


予備校の先生とか受験一辺倒の授業を好む先生なんかは、学校教育の世界なんかじゃそんなに評価されないでしょ。もちろん受験生向けの授業ではそれは必要だけど、少なくともそれしかできない先生だったら学校の世界じゃ評価されない。

一方で逆もそう。



・・・
誰だって認められたいだろうから、どうしても評価が気になります。たとえばイチローは「第3者の評価は気にならない」と言ってるけど、でもそれはそうやって認識している時点でよぅは気になっているということでもあるから。

気にならない人はもともと言葉にも出さないし、何にも感じていないはず・・・



認められたい人の選択肢は2つ。
@認められる環境へ自分から動く
A認められるようにその環境でがんばる


@とかは、宗教との関連やらとも関係するかもね。「あなたのままでいいんですよ」と他者から認められることによって、自己の存在を確認する。他には、人は同時にいくつかの環境で生活してるだろうから、認めらる環境での生活時間が長くなったりするのかも。たとえば、家族からは認められないけど、友達たちが認めてくれるんだったら、あまり家に帰らないようになるとか。

Aとかは、どうだろう。たとえば学校だったらそうそう転校とかもできないから、その環境のなかでもがいてがんばることが考えられるか。就職も昔はそんな簡単に転職しなかったんだろうから、がんばるしかない(今は違うのかもだけど)


どっちのタイプになるのかって、何が影響してるんだろ?




ただどちらに関しても、基準が認められるって方向に行ってるから、そもそもそれ自体を疑うことも必要だよね?





認めると認められるの関係性をきちんと考えてる人ってどれくらいいるんだろう??

世の中にはいろんな人がいるから、これをきちんと考えてない人は危ういことにもなりかねないよ・・・(^^;)





ものごとをどう考えて捉えるのかはホントにむずかしい。

あんまり好きじゃないけど、中学時代にイヤでイヤでやめていた自分の環境を取り巻く状況をメタ的な視点で捉えることがだいぶ復活?してきた(大学院の影響で・・・)から、よろしくないわ・・・




さて、今日のぼやきはこれくらいにして戻ります。

posted by yuichi_saito at 12:18| 家庭教師指導記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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