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2009年12月08日

LFLは家庭教師を超えたよね。自分で言うのも変だけど…(^^;)

LFLはいつの間にかスーパー集団といわれるようになっていました。

それは、従来の家庭教師を大幅に上回った実力派が集まっているから…です。


「頭脳派が集まることで、さらなる頭脳派を呼ぶ。」

この連鎖がずっと続いています。
本当にうれしいことですね。


一般的に、こんなことが言われています。

「頭のいい人は、できない子の気持ちがわからない」

私は、全くそう思いません。



そもそも頭の良さの定義をどうするのか?にもよりますが、本当に頭のいい人は、どんな人のことの気持ちでも汲み取ることができます。

おそらく上記のことを言うのは、頭のいい人…というのを、単に勉強のできる人と定義しているからかもしれません。

頭の良さは勉強そのものだけで決まるわけではないので、その点をもっとわかってもらいたいな…そんなことを思ってます(^^)



以下、一緒に活動している先生の指導報告です。

彼の認識力はとてもじゃないですが、マネできるレベルではありません。彼だけにしかできません。


あっ、もちろん学生さんですよ。
新人さんです。

将来的なエースです(^^)/


読み込みたい方は、まずここで気合いを入れてください(笑)



■指導内容
<純粋に知的であるということ>
今回は、いつもと違う入り方が為されました。
用意していただいたお弁当を食べながら○○くんとお話をしていたのですが、○○くんに「論理的な部分を追及したい」という意志を感じたのです。
(ひょっとしたら、これまでにも○○くんにはそのような意志があったのかもしれません。)
そこで私も、そういうモードに切り替え、実際的なことは(もし浮かんだとしても脇にどけて)考えずに、論理性を追究してお話に付き合いました。
その結果、○○くんは論理力自体はなかなかだということが分かりました。
特に好ましいのが、実際的なことに一切束縛されないという点です。
論理的にキッチリしていることを重要視するため、厳密な話を嫌がらずに聞いてくれるということです。
「そんな細かいことはいいから答えを教えてよ」というような(ありがちな)発想は一切出てきません。
こちらの説明が分からない場合は、聞けばそうだとちゃんと言ってくれます。
いわゆる世渡りは下手でしょうが、もし純粋に知的な分野に行くのならば、非常に適性があると言えます。
「純粋に知的である」ということがキーです。
何か目的があって、そのために知りたい、というのではなく、単に知りたいのです。
そういう(ふつうあまり見られない)力を持っています。
ですから、○○くんの特性に合わせるならば、実践面よりもむしろ理論面を教えた方がいいかもしれません。
例えば、社会に生きる上でのマナーを身につけさせるならば、「こうこうしなさい」と具体的にマナーを列挙するよりも、社会というものが一体何なのか、その構造を、出来る限り論理的に厳密に説明してあげるとよいかもしれません。
それならば、「おもしろい」と思い、納得した上で、実行してくれるはずです。
逆に、納得できないことは恐らく実行もできません。
それは後述するように、○○くんが「経験則を作る力」をあまり持っていないことが原因です。
「経験則をつくる力」は、当然ですが、日常的な要因に深く結びついています。
ですから、○○くんの経験則を作る力が弱いのは、○○くんが日常的な要因にあまり影響を受けないことが原因になっているということもできます。
勉強についても全く同様で、ふつうは日常的な要因(先生に褒められたい、親に叱られたくない、女の子にモテたい)から勉強に対する意欲が湧いてくるものであるのに対し、○○くんは、そのような日常的な要因の影響を受けにくいのです。
きつめに叱ることで、無理矢理「叱られたくないから」という動機を作り出すことは可能ですが、あまりそういうやり方をしたくありません。
(というか、今回の授業でかなり厳しい態度をとった場面があったのですが、本人はいたって冷静でした。ここはある意味高貴であって、正直驚嘆に値します(笑) ふつうは取り繕います。)
幸い言葉の方が大分発達してきたので、「そもそも理論を教えてもうまく伝わらない」ということがなくなってきました。
理論をしっかり教えること自体が、言葉の発達にもつながるので、今後は家庭内でも理論面を重視して○○くんとの会話をするとよいかもしれません。

<しかしやはり我々は生きていかなければならない>
とはいえ、「問答無用で覚える」ということは、生きていく上で必須のことです。
また、「問答無用」とは言わないまでも、「厳密な理解」と「丸暗記」の中間に位置する、「だいたいの説明と多くの経験でもって知を獲得する」という方法は実際、最も有効な方法だと思われます。
この方法で得られた知は、厳密な理解をも可能にします。
本来は厳密な議論によって正確な知識を得るのが望ましいのですが、時間軸を長めにとってみた場合、この方法の方が優れているということです。
○○くんとしては恐らくかなり厳密めに説明していった方が合っているはずなのですが、苦手なことをやらせないというのは(柔軟性が失われるため)問題なので、経験則を見出すような力も同時に鍛えていきたいと思います。
※特に、日常言語あるいは実際言語は経験則でしか語れない(不完全である)ので、その力がなかったら一生モノになりません。
「言語」ならば厳密に理解することができますが、実際に話されている言語は「例外」とか、「ふつうそうは言わない」ということがかなり重要になってくるからです。
日常(実際)言語は水物だということです。


以下、個々の話に入ります。

☆お金とメガネのどちらが大切か

「お金とメガネのどちらが大切なんですか?」と○○くんに問われました。
以前から私は○○くんに「評価」を学ぶように指示してあったので、ここでも、「その質問は無意味なんじゃないのか?」と突っ込みました。
○○くんいわく、「わかってます」とのことでした。
単なるジョークだとのことです。
「ではなぜ無意味なのか?」と問い直したところ、「お金の方が大事に決まっているから」と答えました。
つまり、「答えが自明であるから問うのは無意味だ」ということです。
そこでさらに一点、「お金の方が大事なのは、メガネはお金で買えるからだ」ということを付け加えておきました。
本当はそもそも「「お金」の意味するところが曖昧なのでその質問は無意味だ」というのが正解なのですが、それは○○くんに彼女ができてから教えようと思います。
※ 「私と仕事のどっちが大切なの?」という質問の場合と全く同じだからです。そもそも「どちらが大切か」というような評価が不可能だということです。なぜなら、「私(彼女、あるいは妻)」と「仕事」は互いに互いを包含しあう概念であり、したがって両者の間に順序関係は存在しない(不等号はつけられない)からです。

☆忘れない作戦自体を忘れたら一体どうするのか?

だいたい次のような会話が為されました。

soi「僕が○○先生のコートをゴミ箱に捨てたらどうしますか?」
ryu「弁償してもらいます。」
soi「弁償してもらうのを忘れたらどうしますか?」
ryu「また今度弁償してもらいます。」
soi「ずっと忘れたらどうしますか?」
ryu「それは困るとしかいいようがないです。」
soi「え、分からないんですか?」
ryu「一体どうすると言うのですか?」
soi「僕ならアラームをかけるなどして、弁償させることを思い出す工夫をします。」
ryu「では、アラームを見忘れたらどうするのですか?」
soi「べんしょうべんしょうべんしょう…とずっと繰り返し唱えます。」
ryu「寝ている間に繰り返し唱えることを忘れたらどうするのですか?」
soi「忘れません。」
ryu「しかしあなたはずっと忘れると言いました。」
soi「では、親に頼みます。」
ryu「親に頼むこと自体を忘れたらどうするのですか?」
soi「あらかじめ親に頼むことを覚えておきます。」
ryu「あらかじめ親に頼むことを覚えておくことそれ自体を忘れたらどうするのですか?」

ryu 「忘れないためにあなたが今後考えるあらゆることは、すべて、『忘れないための作戦』と呼べるようなものです。「ずっと忘れる」という仮定の下では結局、その作戦自体をも忘れることになってしまうので、永久に私は弁償してもらえません。ですから、困るしかありません。」
soi「それなら、自然に思い出すのを待ちます。」

最後の気づきに注目してください。
○○くんはよく、「〜したらどうするか?」という質問をします。
その質問が(論理ゲームとしての価値などを除けば)ほとんど無意味であることの理由がこの会話を通して(意識的にせよ、無意識的にせよ)分かったはずです。
それは一言でいえば、「現実性」です。
○○くんは可能世界を散策するのが大好きなので、こういう現実性に気づきにくいのです。
(可能世界もある意味で現実的なので、「日常性」と呼んだ方がいいかもしれません。)

上記のように、論理を徹底することによって開けてくる新たな視界というものも存在します。

☆井の中の蛙

○○くんは驚くほど他人の影響を受けないので、必然的に、自分の世界で楽しんでしまうことができます。
それは素晴らしいことでもあるのですが、やはり人間は成長しなければ生きている意味がないと思いますし、また、少なくとも、そのままでは将来的には結局困ることになってしまうでしょう。
そこで、「もっと広い世界を見よう。自分の狭さ、ダメさ、非力さ、卑小さを素直に見つめて、真剣になろう。」ということを(言葉は違いましたが)伝えました。
真剣ささえあれば、何でもできます。
真剣な態度は、全ての可能性を開き得ます。
高校生になるまでに、何らかの形でこれを○○くんの中に根付かせていけたらと思います。

☆文法ワーク

宿題が残っていたので、それをやらせました。
また、次回の授業までにやってくる分をきっちり指定しておきました。
内容に関しては、前回と同様にやはりまだ非常に基本的な部分なので、特筆すべき点はありません。
ただ、「書くのが遅い」ことを指摘しておきました。

☆リスニング好き?

どうやら独自でリスニングの練習をしているようです。
そちらに興味があるなら、会話の一部を英語にするという方法もアリだなと思いました。
幼少時に英語に触れていたということで、「なつかしさ」のようなものを感じ取っているのかもしれません。





これからも、
LFLなら安心して子どもを預けられる」
という組織を作り上げていきます。

よろしくお願いします(^^)/








posted by yuichi_saito at 11:25| 家庭教師指導記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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