☆今はここでがんばってます!☆
お陰様で、創立2008年以来、累計100,000文字以上の「ありがとう」をいただきました↓ ブログ用枠あり.png

☆東工大院卒の数学教育を専門とする実績重視プロ家庭教師☆
私の人生目標は、人の役に立って死ぬことです。
どんな困難な状態であっても必ず結果を残す
学習コンサルタントを目指します。→こちら(過去記事です)
新着記事

2007年05月28日

教育実習

今日はなんだか「教育実習」と「自己紹介」での検索キーワードが多い…

そういえばそんな時期だなぁ…
と今更ながらに気付きました(^^;)


懐かしいなぁ。
もう2年前か。

私は母校での教育実習でした。
高校2年生の理系クラスを担当しましたよ。
内容はベクトルでした…



あの子たちは現役で合格してれば大学1年生です。
何してるんだろ??



気になるなぁ〜(^^)







ちなみに、教育実習での思い出ってみんな楽しい思い出ばっかりかもしれませんが、私はめちゃくちゃ辛かった思い出ばっかです。


私の直接の指導教官ではない教官がものずごく腹立たしくて、かなりムカついてました。塾スタイルの授業だったからかもしれませんが、あまりにも理論攻めで本当に悔しかった…


その指導教官に直についてた同期なんて、最後の実習が終わって校門出た瞬間泣いてましたから…。そして私も実習中にトイレで泣きましたから…。(私の場合はあまりにも悔しくてですが…)



でも2年経った今ならあの方の言動を理解することができます。あの方は感覚的にしゃべっていたわけではなく理論に基づいていたんですね。教育に対する思いが強すぎて、教師教育を行おうとしてあんな言動だったんだなぁ…と今更ながらに感じます。

この方は、東大院でとある教授のもとで修行をされて(この教授は以前、東工大院にいたそうです。私の現指導教授ともお知り合いのようで…)、そこでの理論を現場で生かして授業されてたみたい…



まぁ、確かにあの頃の私の授業は完璧に点数を取るための指導でしたから…。「わかる」のレベルでも書きましたが、所詮は知識レベルでの授業ばっかりだったからな…。奥行きがないというかなんというか。教育的授業ではなく、受験的授業というか…





ちなみにあとで聞いた話ですが、東大院で修行して現場復帰された先生は、現在は教育委員会で活躍されているようです。学会に論文も出してるみたい…









うぅ…
それにしても最後の研究授業でのあの先生の態度がめちゃ記憶に鮮明に残ってる…。


ど真ん中でこっちを睨む感じです…







反省会での言動がめちゃ記憶に残ってる…。

「何時何分、〜って言ったよね?これは…」




とにかくその方だけブチぎれてた…
他の方は全員すぐにでも教員なれるねって褒めてくれましたが…







まぁ、あれはあれで良い経験でした。
たくさん考えましたから…




p.s.
今更見るものじゃないような気がしますが、2年前の教育実習での記録を読み返してみました…

こちら


若いね〜
それと言葉の使い方があほっぽいね〜

なんか違う人を見てる気分になります…


ちなみに今は当時のままの指導スタイルではありませんので…。

色々、学習するなかで指導方法も常に変化してますよ(^^)というか変化がないってことは何も学んでないよね…ってことにもなっちゃいますから…



posted by yuichi_saito at 03:03| 教育全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月26日

個人的な興味をちょっと書きます。


子供の進学先について、どの程度まで親は知ってるんだろう?

@大学名は言える
A大学名、学部名は言える
B大学名、学部名、学科名は言える
C大学名、学部名、学科名、所属研究室は言える

大まかに言うとこんなもんかな??
大学生の子供を持つ親って、@〜Cのどこに当てはまる人が一番多いんですかね…


ちょっと疑問に思いました…








ちなみに私の親はどれにも当てはまりません(笑)

えーっと…
つまりは、私の通う大学名を言えないのですよ。
進学先に全く興味なしっ!!


う〜ん…
いくら放置プレーとは言え、もうちょっとくらい関心を持ってくれてもいいんじゃないだろうか(笑)




まあ、仕方ないのかなかぁ…
私の親は両方とも高卒ですし、学歴なんぞ全く気にしない親だからな…





父親よく曰く…
「うちにも早稲田出の奴がいるが、仕事できないねぇ」

母親曰く…
「頭良くても人として悪い人いっぱいいるでしょ」


私はそんな環境に育ちました(笑)






高校受験期。
母親「もう遅いんだから勉強やめなさい」

母親「ゴムもピンと張り続けてる状態だと切れちゃうでしょ。それと同じで今の状態だとそのうち切れちゃうわよ」

母親「たくさん勉強していい大学行って、いい就職するのがそんなにいい人生なの?」


家族で出かけるためにどうしても塾を休まざるを得ない状況の私に…

母親「塾を1日だけ休んだくらいで入試に落ちるくらいなら、そんな学校最初から行く必要ない。そんなんなら辞めちゃなさい」





大学受験期。
父親「数学なんてできたって社会出てから何の意味もない」

数学の入試問題挑戦してる私にそんなこと言うかな。




私はそんな環境に育ちました(笑)




そして…
「受験には意味があるんだ」
「数学には意味があるんだ」


たくさん考えました。




その結果…
大学時代、塾では全校舎中のトップの成績向上率を叩き出しました。社員しか担当できないクラスに混じって授業しました。



大学院では、数学教育を専門としてしまいました。数学を学ぶ意味をきちんと見出したくて来てしまいました。







う〜ん…
なんでかな〜

完全に親が否定する方向に進んできてしまった。








本当に申し訳ない…

そうそう。こんなこともいってたな…
以前付き合っていた彼女に対して…

母親「相手すんの大変でしょ〜」


一度決めちゃうと周りの言うこと聞かない性格なのは親が一番分かってたみたい(笑)



やっぱりなんだかんだ言っても親だよな〜。










もうすぐ母の日ですね(^^)
私は母親に花束贈りますよ。
(うちの親はネット使えない人なので公表できます)



なんだかんだ言っても感謝しなきゃな。



好きな道へ進ませてくれてありがとう。
ツライこともたくさんあるけど、人の役に立てるようにがんばります。





posted by yuichi_saito at 01:31| 教育全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月01日

夜回り先生こと、水谷先生

今日は、四ツ谷駅にある上智大学に隣接する講堂で、夜回り先生こと水谷先生の講演会に参加してきました。ほぼ満員で、おおよそ800名程度の方が参加されていました。

以前、テレビで水谷先生の講演を見てから一発でファンになってしまった私としては、目の前(30cm程度?)でお目にかかれてとてもうれしかったです。



水谷先生の言葉には力があります。
やはり水谷先生は、人としてとても惹きつけられるものをもってらっしゃいますね。

やはり人間性なのでしょうか。
言葉の選び方や語尾、話方の節々に至るまで、水谷先生の子供たちに対する真剣さを感じますよ(^^)



今回も、何かと盗んでこようかと思って、メモをちょこちょこ取っていたのですが…


実は、講演会の後半から泣きすぎました。
どうしても涙を堪え切れなくて周囲に友人らがいるにも関わらず泣きまくりました・・・。微妙に恥ずかしかったですが、もう仕方ありません。どうしても堪えきれなかったんです…

特に不登校や摂食障害に関しては、家庭教師や私個人としても思い当たる節があって…、当時の自分には力不足で…。



そのため講演会の後半部分はほとんどメモを取れずに終わりましたよ(笑)


まあ、参考程度に…
(自分への記録として残しておきます)



・ゆっくり気味のしゃべり方
・昨年の講演数499本、49万人
・ハゲ→自分の卑下から講演に導入
・外(昼の世界)と自分の住む世界は違うことを認識させる
・会話形式を取り入れて話す
・導入数分
・教育とは、言葉とは思っていない。どう行動するか。
・「水谷」と自分を呼ぶ
・イジメられてる子はイジめてる←構造
・ほめられる 自己肯定感 
・10褒め1叱る が 10叱り1褒める になっていないか
・言葉で伝わるわけがない
・条件反射で返すのではなく、一旦その言葉を噛み締めてから言葉を選んで返す
・3年間で30万のメール相談
・関わった子の人数14万1千人
・メールは2、3行だけ返す
・「人のために何かをしてごらん」
・そのときの正義で子供を追い込んでどうする
・8・3運動(学校の登下校中に子供たちに声かけしよう運動)



こんな感じですかね…
メモなのであしからず。。。
文章化はしません。



講演会終了後、四ッ谷駅前の交差点で信号待ちをしていたら…。何やら私の後ろを通りすがる白髪の方が…








???????????????






出会っちゃいました。
水谷先生ではありませんか!!!



これから眠れない子供たちのために夜回りに行くところでした。たまたま信号待ちをしていたので、思わず近くまで寄って、声をかけちゃいましたよ(^^)


「ありがとうございました」
「これからどちらに行かれるんですか」

って。

そしたら
「新宿のほうにいくよ」

と…





たったこれだけの1回の言葉のキャッチボールでしたが、とてもうれしかったです。こういった気軽さが水谷先生の良さであり、またこういった気軽さを持ち合わせているからこそ、これまで数多くの子供たちの命を救うことができているのではないかと感じました。





水谷先生…
ありがとうございました。

お目にかかれて光栄でした。
私も今後ももっともっと頑張ります。
家庭教師は不登校の子との絡みも多いので、私自身ももっと勉強しなきゃです。(実は、私も高校生の頃一時期不登校気味の頃がありましたので…)



がんばります。



posted by yuichi_saito at 00:55| 教育全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月02日

「問い」なら共有できる

たくさんの本を読みたい。
こんなにも本が大好きになるなんて一昔前の自分からは想像もできませんでしたよ(^^)



最近読み終わった本の中で、かなり感動した本があります。紹介したくて仕方ないので、ブログに掲載しちゃいます。


この本は色んな方に読んでほしい。


この本の中で出てくる言葉をいくつかピックアップしますね。
どれも素晴らしい考え方だと思いますが、特に感動したものは色を変えてあります。




「根本思想と言葉が一致したとき、非常に強く人の心を打つ」
「うそで操作できると思った時点で相手を見切り、内面にそれ以上踏み込もうとする回路を、自分から断ってしまっていたのだから」
「いま、相手はどんな問いに基づいて話をしているのか?」
「見解は違っても問いは共有できる」
「「問い」の共通にはじまり、相手になぜを考えさせ、自分もなぜを考える」
「「決め」を打ち出すことは、その空気を、独自の問いで角度をつけて切り取ることだ」
「問いと問いの関係付け」
「自分が向かうべき「問い」は何か?」
「言葉は関係性の中で、相手の感情に届く」
「自分の想いを言葉にできた、言えたと喜んでいても、それが相手の解釈によって変わり、相手との関係性によって意味が変わり、相手の感情によって膨らんだり、歪んだりする」
「失敗のリスクをとるからこそ信頼されるのだ」
「自分はこれまでどのような仕事をしてきて、その結果、今どうなのか。だから、これから将来どうしたいのか」
「問いが共有できないとは、問題意識が共有できないということ」
「根本思想をつかむ力を鍛えるには、日々のなかで、相手の言わんとすることを、極力短く、自分の言葉で言ってみるトレーニングが効く」
「何を言うかよりだれが言うか」
「外と交流しているようでいて、実は、自分の枠のなかで「わかる」「よい」ものだけを取り込み、自分の枠の中の言葉で通じる人とだけ交わっていた」





素晴らしい本との出合いは大切です。
ときとして人生を変えます。
この本は是非一読をお勧めしますよ。



p.s.
ブログランキングがスゴイことになってますね…
ここで確認できます。

今日も頑張ります。
posted by yuichi_saito at 07:17| 教育全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月02日

芸能関係、進路

食事をしてきました。
ひさしぶりに兄弟と話したんだけど…

高校3年生の弟はいまだに、芸能関係を目指してましたよ。。。



オイオイ。
友人からカッコいいって言われてるもんだからって、未だに芸能界っていう幻想からさめてないないのかぁ。





実は、私も高校2年生のとき、モデルのオーディションを受けて合格した経験があります。当時付き合っていた彼女からフラれたいきおい?で、オーディションに申し込んで・・・。

そしたら、本当に合格してしまった…
倍率で50倍でした。
300名の受験者で6名合格です。


そのあと、一回だけお仕事しましたが、学業とあっちの世界の両立はできないことを痛感して、私は学業を選んだんですよね…。




なんかなぁ〜。
弟を見てると、ホント考えが甘くて…。

弟曰く…
「1年間やってみてダメたったら諦める」
って。



あのな〜
そんな弱気であの世界に残れるわけねーだろって感じましたよ。

「何が何でもこの世界で生きてくんだ」
っていうくらいの勢いがなきゃ…



周りの人間が
「あいつはこんなに頑張りすぎてて大丈夫か??」
「少しは休んだらどう?」

って思ってしまうくらいやってなくてどうするのよ。

世の中、そんなに甘くねーぞ。
適当にこれやりたいかも?みたいな中途半端な気持ちじゃ続かないのは見えてます。


まぁ、うちの親の基本的な教育方針は、「自分で好きなようにやれ。お金は出さないけど…」なので、誰も止めませんが…。

私自身もその教育のお陰で自分で自分の将来を考え、今の道に進んでますよ。誰も道を示してくれないこともあって、将来については高校時代からいくつか考えてました。

大きくわけると・・・
・建築家
・医者
・数学の先生
かなぁ。
(自分で塾とか家庭教師グループを作って、やっていこうと考え、行動し始めたのは、ここ最近のことです。)

建築については、単に自分の家を自分で作れたらいいなぁ…なんて軽い気持ちで考えてて、親に相談したら知り合いの建築士の方とお話できる機会を用意してくれたんですよね…。(感謝してます)


その方はもともとは設計担当で、そこから現場に出た方でした。設計ではずっと机に向かってひたすら間取りなどの構成を考えていたそうです。そんな中で、実際に目の前で建物が建てられていく現場に興味が移って、現場監督として活躍している方でした。

当時、高校1年生くらいだったと思いますが、この方のお話を伺ったときに自分の将来が見えなかったんですよ。自分のやりたいことはこれじゃないって思いました。



つづく・・・



































posted by yuichi_saito at 19:27| 教育全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月30日

考える?

「考えなさい」
「考えれば分かるでしょ」
「考えてる?」



「考える」って言葉は日常茶飯事どこにいても頻繁に出てきます。
でも思うんですけど、考えるって何ですか??

みなさんは疑問に思ったことありません?
考えなさいっていわれたって、どうやって考えるのよ?って感じたことありませんか??頭真っ白になった経験とかありませんか??


数学の世界では、しょっちゅう考えるって言葉が出てきますけど、どういうことなんですかね??




そんなこんなな疑問があって、今「数学的な考え方」について勉強してます。問題を解決する際のアプローチ方法の勉強ってとこですかね…


とある本によれば、数学的な考え方には…
・帰納的な考え方
・類推的な考え方
・演繹的な考え方
・統合的な考え方
・発展的な考え方
・抽象的な考え方
・単純化の考え方
・一般化の考え方
・特殊化の考え方
・記号化の考え方

こんな感じで分類されてます。
それぞれの考え方の理論と現実の世界での使用例とを考えながら?読んでます。。。

ちなみに、「数学的な考え方」ですからね。「数学の考え方」ではないので、その点をご理解ください。。。




こういった考え方をマスターしていけば、数学以外においてもそのまま転移できますからね。きっと今後の人生にも役に立つだろうし…(^^)

普段何気なく使っている考え方を理論チックに学びなおすのも面白いですよ。新しい発見もたくさんありますし、何よりも子供たちにまた異なったアプローチで指導できるようになるしな。。。

頑張ります。













posted by yuichi_saito at 02:01| 教育全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月04日

イジメ、ドラッグ、リストカット、OD、摂食障害

今、夜回り先生こと水谷先生の再放送番組を見ました。
研究室の同期のが教えてくれました。
NHKの24時〜27時の番組です。



イジメ、ドラッグ、リストカット、OD(薬の大量服用)、摂食障害



「死にたい」





実はこれらに関して…
私は人生23年間の中で全ての出来事に遭遇してます。

詳しく書くことはできませんが、友人、知人、恋人、恋人の兄…


たくさん悩みました。
その度にたくさん考えました。。。



今ひとりで研究室にいます。
水谷先生の講演聞いてたらいろいろ思い出してしまった…。
ちょっと泣いてしまいましたよ。。。

うん。
水谷先生ね…


いつかお会いしたいな(^^)









イジメかぁ〜。
私もかつてイジメにあってた時期があったんですよね。ブログには初めて書くことになるかもしれませんけど。。。


以下に書くことはすべて事実です。





小学校1年生のとき。
入学したばかりの1学期。

今でも鮮明にあのときの出来事覚えてますよ。
正直、小学校1年生の記憶はあのときの記憶しか残ってません…。


今はどうなのか知りませんが、当時、私の学校は掃除の時間が"縦割り清掃"と言われていて、高学年の子たちと低学年の子たちが同じ班になるようになっていました。まだ右も左も分からない小学校1年生の私の一番最初の掃除分担は男子トイレでした。


そこで同じ班になったのは、高学年の5年生と6年生でした。近所の悪がきでした。トイレ掃除は、私を含め3人でした。。。




私は彼らに言われるがまま、一人雑巾でトイレの床を拭いていました。彼らは何もせずにただ私に指示をするだけでした。

ある日、怪我をしてしまい、指の爪が剥がれてしまうという事故がありました。指には包帯を巻いていました。さすがに、そのときは床を雑巾でふけないと思い、親に先生宛てに手紙を書いてもらいました。男子トイレ担当の先生は快く了解してくれましたが、彼らはそれを許しませんでした。私は指の爪が剥がれた状態で、雑巾を絞りひたすら床を拭き続けました。彼らはただ笑って私を見ているだけでした。


それだけならまだ良かった。。。


彼らは、あるときを境に、私に水をかけるようになりました。バケツいっぱいに水をためて、私をトイレの端に追いやって、嫌がる私に何回も何回も水をかけてきました。誰もそのことに気付いてくれませんでした。掃除の先生もクラスの担任の先生も。。。私は毎回掃除の時間になると、靴下、上履きがびしょびしょになりました。悔しくて悔しくて。でも自分から先生に言えなくて、親にも言えなくて。洗面台で一人泣きながら、自分の靴下を洗ってました。


イジメはさらにエスカレートしました。


今度は、掃除の時間にトイレ掃除の用具入れに閉じ込められました。どんなに言っても開けてもらえませんでした。そのうち、5時間目の授業がはじまる予鈴のチャイムがなりました。どうにかして、ここから出ないと…。私はそう思いました。

そこで、壁をよじ登って上からジャンプして飛び降りようと考えました(小学校のトイレ掃除の用具入れは上が少し空いてます)。やっとのことで上まで登ったとき、下を見て私は驚愕しました。

石鹸で床が滑るように、仕組まれていました。


本当に驚きました。
幸い、ジャンプして飛び降りたときに、すべることなく着地することができたのが不幸中の幸いかもしれません。。。

授業が始まる前に、また洗面台に行って自分の靴下を一人で洗っていました。私の後ろを通る授業に向かう先生方は、誰一人泣きながら靴下を洗う私に気付いてくれませんでした。

一言だけでも気にかけてほしかった。
「どうしたの?」
「大丈夫?」

それだけで良かった…。





彼らのイジメはさらにエスカレートしました。


今度は学校外で呼び出されるようになりました。
あるときは、デカイ公園に呼び出されて、
「あの本を取ってこい」

そう言われて、いやいや捨てられてるエロ本を取ってこさせられたりしてました…。



そう。
それが私にとっての初めての学校でした。







彼らからのイジメがどうなくなったのかははっきり覚えていません。何か後遺症のようなものが残らなかっただけ良かったのかな?とも思っています。まぁ、学校の先生に対するイメージははっきり言って今現在も滅茶苦茶悪いのは変わりありませんが…



私が学校ではなく、塾に拘る理由のひとつなのかもしれませんね。私は、塾の先生が内気な自分をとても気にかけてくれたことがうれしくてうれしくてしょうがなかったんですよ。


だからこそ、自分の接する子供たちにはできる限り変化に気付いてあげたいと常々思ってます。細かい一瞬の変化を見逃さずに、ほめてあげたいし、気にかけてあげたい。自分から声をかけられない子ほど、たくさん声をかけてあげたい。そう思ってます。


あの塾の先生と出会ってなかったら、塾を作ろうなんて絶対考えてなかったと思います。教育の道へ行こうとは一切思ってなかったと思いますよ。



イジメ、ドラッグ、リストカット、OD(薬の大量服用)、摂食障害


どれも身近なことです。
誰だってすぐにでも起こりうることですよ。


他人事ではなく、自分ごととして考えていきたいと思っています。
posted by yuichi_saito at 03:56| 教育全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月27日

NHK19:30〜20:00「特報首都圏」

本日、19:30〜20:00。
NHKの「特報首都圏」を見ましょう(^^)



教育学生団体NEPの『伝説教師プロジェクト』第1回で講演をされていた義家先生の講演がメインの番組構成になっているようです。

私がこの番組を見る際の注目すべきポイントとしては…
「生の講演」と「メディア放送」の乖離について注目して見てみたいと思います。

感想はまた後ほど…



posted by yuichi_saito at 17:29| 教育全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月22日

伝説教師プロジェクト第2回

原田先生…やばいわ。
このお方はマジで比較にならないほど凄すぎるよ…。

原田先生が主催している「教師塾」に参加したい。
真面目に参加したい。
あ〜参加したいぃ〜。

実は、今日の講演会前(昨日の夕方から)に東京で教師塾があったようです。。。19時〜27時?28時?29時?…

この塾は現役教師や教師志望の方、数十名が集まって、毎回徹夜で議論、個々人の理念などを構築していくことを目的に開催されています。

よくありますよね?
学校の理念とか、企業理念とか…
そういったものを個々人のレベルで作り上げるのですよ。
自分自身の理念を…

あぁ〜参加したい〜。。。。
私ももっと明確化したい〜。。。。



それにしても、徹夜明けで講演しちゃうなんて凄すぎですよ。どこからそんなパワーが出てくるのでしょうか…。(って分かりきってることか)もう年齢だって40後半ですよ。しかも、なんと徹夜の教師塾に参加されてた方々が今日の伝説教師PJにも…20名程度いらっしゃったようです。

おいおい。
40名定員で、20名って半分かい。
ってことはここにいる方のかなりの方が徹夜!?

みんなのパワーはマジですごいです。
私も徹夜で臨みましたが…まだなんとか23歳ですので。。。負けてられないよね。。。




今回、私が感銘を受けた言葉を書いておきますね!!赤字は常に意識したい言葉です。


〜原田語録〜
『マイナスがそれだけあるんだったら、プラスを見ろ。同じだけあるはずやで』

『経験の数ではなく、どう乗り越えたかが重要』

『子供は言葉には従わないが行動・態度には従う』

『教えるべき先生が夢・自信・誇りがない』

『人はイメージのないものはなれない』

『言葉には影響を受けないがムードには従う』

『同じことでも納得させてやらせる』

『刑務所に入る人は一般の人と比べて「ありがとう」の言葉がほとんどない』







どれも自分のモノとして取り入れたい考え方です。単なる知識として知っているレベルではなく、心からそう思うレベルでモノにしたい!!

意識して心で何回も唱え、言葉の意味を考えモノにします。



p.s.
懇親会に参加してきました。
多くの方々とお話できて良かったです。
このブログも宣伝しちゃった(^^)

それと…
学生団体NEPのブログで紹介されていたので、事前にこのブログをご覧になっている方もチラホラいらっしゃいました。(ある方からは、昔見たことあるぞ…って言われました。感謝&感激ですよ。)

ありがとうございます。
これからも頑張ります。
考えて考えて考えて考えていきます。

どうか疑問をぶつけてやってください。
一緒に思考しましょう(^^)


それと代表・副代表をはじめ運営に携わった皆様、すばらしいセミナーをありがとうございました。今後の糧にして、これからも精進してきます。

あと2回ですね。
楽しみにしてま〜す。


それでは、また1ヵ月後☆




posted by yuichi_saito at 01:57| 教育全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月21日

家庭教師→伝説教師プロジェクト第2回→懇親会

今日の予定はこんな感じです。

伝説教師プロジェクト第2回!!
今日は、カリスマ体育教師の原田先生の講演会がありますよ。

原田さんの本は実は以前から1冊を何度も何度も読み返してたりするんですよね…。単純にファンだったりします。。。

????Цж????.jpg
(蛍光ペンの色が違うのは、読み返す度に色を変えてチェックしてるからですよ…)


この本にも書いてありますが…

『普通の子が一番になる』
この言葉大好きです。


今日はドキドキものですよ。
実際に原田先生に会えるんですもん(^^)

楽しみ☆


p.s.
それと…今日は大阪からすごい人が参加するようです。から教えてもらいました。

私もそのすごい人と語りたくて、懇親会に参加してきます。知り合いになれるカナ??

たくさんしゃべってこよっと〜
posted by yuichi_saito at 04:16| 教育全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月10日

もう一度…

さっきの記事を書いていて…
昔の自分の文章を読んでいて自分で興奮してしまった…


再掲載させてください。
これと同じです。

【ここから】


2005年06月07日
教育実習6日目&7日目【体力の限界】
昨日は体力の限界を感じ、ブログの更新を断念せざるを得ない状況でした。それもそのはず、学校に22:30まで授業見学に来られた先生と「教育」について語りあっていた?ためです。家に着いたのは24時直前でした。

先生から色々な質問が浴びせられ、ひさびさに凄まじい議論ができたと思います。とても刺激的でした。質問攻めにされましたが、実は追い詰められた自分に感動していました・・・。「教育」を語る場合、大抵は「その人の考えだから」で終わってしまいます。相手の考えを本人を目の前にして、否定できる人はそうはいらっしゃいません。自分をこんなにも追い詰めてくれる人がいるなんて、しかも私にはかなわない・・・といった感じでした。

私は、これまで塾・家庭教師・予備校などを通して教鞭をとってきましたが、どれも全ては勉強ができるようになるため、点数を取れるようにするための指導であります。単に点を取らせるための授業を「教育」というのか、教科書を教えることが重要なのか・・・をつくづく突っ込まれました。とても楽しかったです。

私はこれまでテストの点を取らせるという制約条件の中で、自分なりの教育論を構築していったつもりです。では、点を取らせるという制約条件がなくなった今、塾でもない、私立校でもない、公立にしかない良さとは何かを考えさせられています。先生がおっしゃるには、結局のところ「自分で自分を伸ばすことができる人間を育てる」という言葉に集約されると思います。「教える」ばかりが強調されて「育てる」行為がおろそかにされている・・・納得です。

今の先生は授業で、単に問題を与える→答えを出す・・・。入試のために教える・・・。わかりやすく教えてあげる・・・。問題の解決方法ばかりが先行しすぎているのです。「問題ありき」で物語が進んでいます。これでは、何が問題なのかを発見できなくなってしまいます。与えられればできるけど・・・的な人間を生み出すことに繋がってしまいます。もちろん与えられたことは、できなければいけないのは事実です。しかし、何もない状態で一からやることになると、からっきしできないという人間では困ります。どうすれば良いのか分からない&自分で作りあげることができない人間になってはしまうではないか、といいたいらしいのです。

現状の教育では、自分から何が問題なのかを発見することはしないでしょう。なぜこの問題があるのか、必要性を考えなくなるでしょう。与えるだけでは、教科書の使い方がわからないまま大学にいくことになるでしょう・・・。

『あなたは問題を解かせて何がしたいのですか?』

単に受験のためなら予備校に通えばいい。それで十分です。それにも関わらず、学校というものが存在するのは、やはり別の意味や価値があるからです。学校について、私自身もっと考えていく必要があると思います。教育って奥が深くて本当面白いですね。

posted by edu at 21:28| Comment(8) | TrackBack(1) | 大学
この記事へのコメント
なるほど。担当の先生は自己教育力論者だったのですね。やっかみと評したのは早計でした。でも、できない生徒のことは考えなくてもいいということにはならないと思います。教師が自己教育力をつけさせたい、生徒が大学へ行ける学力を身につけたいとだけ考えていたら齟齬が生じます。先生と話し込んで何かもっと宝の山を掘り当てているのではないかと期待しちゃいます。睡眠を十分とってくださいね。落ち着いたら思索の成果の発表を期待しております。
Posted by xenoゼノ at 2005年06月08日 03:06

TBありがとうございました。

学校の先生から言うと、私たち塾講師がやっていることは『薄っぺらく』見えるのかもしれません。なぜなら、私たちの授業は『即効性』を要求されるからです。そこに子ども達の『わかりやすい』という感覚を引き出していかなければならないのは、経験上おわかりでしょう。

しかし、その『わかりやすい』という感覚がどいうことに由来するのかが問題なのではないでしょうか。「『学校の授業』よりも『塾の授業』の方がわかりやすい」という言葉を子どもたちの口から、よく耳にします。ですが、私はこの言葉が出たら、用心するようにしています。自分は『与え過ぎて』いないかと。

大人の側から『与える』というのは、簡単なことです。もう少しわかりやすく言えば、テストで高得点を取らせることは簡単なのです。難しいのは、子どもたちから『何かを引き出す』ことなのです。それは設問の『答え』ではありません。もっと『根本的』な何かです。

>>私はこれまでテストの点を取らせるという制約条件の中で、自分なりの教育論を構築していったつもりです。

もし、あなたが『塾講師』という仕事を上記の記事のように捉えているのなら、私から見れば、それは大きな見込み違いであると言わざるを得ません(点を取らせるということは、私たちに課せられた『最低条件』ではありますが)。『点取りゲーム』に『教育』が入り込む余地など無いのです。多分、授業見学に見えられた先生はそんなあなたの『教育論』に危なっかしさを感じたのではないでしょうか。

『教師』と『塾講師』は違う仕事です。しかし、その仕事に従事する人間の心の『根幹』には、共有すべきものがあるはずです。『教育』というものが『人』相手のものである以上、それに様々な面があり、異なるアプローチの仕方があります。

私は『塾講師』である前に『人』です。自分の『知』を分け与えた子らにつまらない『点取りゲーム』をさせるつもりは毛頭ありません。そんなことに時間を割かせたところで、多寡が知れていると感じています。

私は、『わかりやすい』という安っぽい言葉はいりません。10年、20年、彼ら彼女らが生きていく中で『活きて』くる授業がしたい。と、常々思っております。

長文、失礼しました。
Posted by 日刊 塾講師、吼える!!NEXT 塾講師『雪蛍』 at 2005年06月08日 03:18

親身になってくれる先輩方のコメントを、勝手ながら拝見させていただきました。
僕は斎藤さんに昔の自分を重ね合わせて見ています。若い頃は「授業アンケート・内申アップ・偏差値アップ・合格実績至上主義」でしたから。10年近くこの仕事をやってくる中で、ようやく自分の会社・塾を持てるようになり、その過程においていろいろ学んだこと・気づいたことがたくさんあります。雪蛍さんの言うように「点を取らせるということは、私たちに課せられた『最低条件』」だと思います。生徒の人生に「『活きて』くる授業」を僕もやっていきたいです。以下はうちの塾の指導指針です(教室やHPの扉にあります)。

一、礼節を重んじ、思いやりを大切にさせます。
一、点数だけでなく、本物の学力を定着させます。
一、できるまで徹底的に指導します。

今後の実習もがんばってください!応援しています。

Posted by HOC at 2005年06月08日 03:58

>ゼノさん
少々誤解をされているようです(私の文章がいけないのかもしれませんが・・・)
「教育」について語ったのは、授業見学にいらした先生であって、指導教員ではありません。今回の記事と前回の記事の先生は、全く異なります・・・。
何かもっと宝の山を・・・ですかあ。掘り当てたいですが、それを探す旅にでるため院にいくつもりです。そんな簡単には見つからないですよね。。
Posted by edu at 2005年06月08日 21:02

>雪蛍さん
いつもブログを拝見させて頂いております。
雪蛍さんの考えには私なんて到底及ばないな・・・と考えさせられることばかりです。

「わかりやすい」ことこそが全てじゃないことはよく分かりました。しかし、その「わかりやすい」授業すらできない先生がいることも事実だったりします。

私がわかりやすい授業を心がけるのは、理由があります。それは生徒からの『信頼』を得るためです。教育するにあたっての、最低限の前提条件として『信頼』を得ることが必要だと感じているからです。

私は自分の中で「分かりやすい」と思える先生に魅力を感じます。すごいなと感激したりします。反対に下手な教え方の先生では「あいつは駄目だ」と見てしまいます。授業が駄目だと、その先生自体に魅力を感じなくなってしまいます。

私の教育は『信頼』を得た瞬間からスタートします。まだ私はそのスタート地点に辿りつくための努力段階に過ぎません。できる限り早くスタート地点へいけるよう頑張っている最中です。

ですので、今は「点を取らせる」ことを中心に考えてしまうのかもしれません。もし、これがすんなりできるようになれば、私は次なるステップへいけるようになると思います。

その日まで、自分を研鑽し続けたいと思います。


Posted by edu at 2005年06月08日 21:23

>HOCさん
コメントありがとうございます。

>点を取らせるということは、私たちに課せられた『最低条件』」だと思います。

>生徒の人生に「『活きて』くる授業」を僕もやっていきたいです。

確かにそうですよね。この3週間という短い実習期間でどのくらい生徒の人生に「『生きて』くる授業」をできるのか。私にはわかりません。それは生徒たちが決めることでもありますから。

ただ、この生徒の人生に生きてくる授業というのは、生徒が先生を受け入れる体制が整った段階で行えるように思えます。私はその体制を整えるために、分かりやすい授業を行っています。ですので、「分かりやすい」授業が目標ではありません。これはあくまでも、『教育』を行うための準備だったりします。

今はこの準備段階を修行中です。少しでも信頼を得られるよう頑張りたいと思います。

Posted by edu at 2005年06月08日 21:37

『わかりやすい』というのは、『感覚』です。例えば、どんな難しい言葉を使っても『人』によっては、きちんと相手に伝わることもあるのです。要は、その人がその人に合った言葉、もっと言うなら、その人の言葉で話しているかどうかが、『わかりやすい』という感覚を引き出すか、否かを分けるのだと思います。

『わかりやすい』授業で『信頼』を築く……。

わかりやすい考え方ですね。しかし、その『わかりやすい』という感覚にこだわってみてください。もっと違う『何か』が見えてくるかもしれませんよ。

>「わかりやすい」授業すらできない先生すらいる

では、その先生はなぜ、「わかりやすい」授業を展開することができないのでしょう……考えてみましょう。そして、その先生の授業の『意図』というものを推測しましょう。この仕事は周囲の『先生』を『評価』していてもしょうがないのです。

自ブログにも書きましたが、あなたの『感性』は間違っていません。ただ、正直に言えば、勢いがあるゆえに『危なっかしく』見えることがあります。『経験』を糧にしてください。あなたの『感性』ならば、ひとつの『経験』からいくつもの事を得ることができるはずです。

期待しています。
Posted by 日刊 塾講師、吼える!!NEXT 塾講師『雪蛍』 at 2005年06月08日 22:08

雪蛍さん

教育実習から5ヶ月経った今考えると、私は完全なる塾人間だったように感じます。実習を通して「教育」というものの奥深さを知ることができました。

今更ながらですが、私は「塾」では本物の教育はできないように思えています。塾はあくまでも成績をあげるのが目標であって、それを通してでした生徒と接することができません・・。

個人的には、塾は教育産業とは言ってはいけないと思うようにもなっています。
「教育」には「教える」「育てる」という両方が必要です。塾では「教える」という行為ばかりが強調されます。教える行為は誰にでもできるし、簡単なことです。難しいのは「育てる」こと。これができるのは利益を追求しない公立学校にしかできない荒技です。
そのことを今更ながら感じてます。
Posted by edu at 2005年11月07日 12:41

コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバックURL
https://blog.seesaa.jp/tb/4198048

--------------------------------------------------------------------------------
この記事へのトラックバック

--------------------------------------------------------------------------------
塾の先生≠学校の先生。
Excerpt: TBします。私なりの考えです。
Weblog: 日刊 塾講師、吼える!!NEXT
Tracked: 2005-06-08 04:04


Seesaaブログ


【ここまで】



雪蛍さん

あなたの考えは、あのときはどうしても受け入れがたかった。それは私が狭い狭い人間だったからなんだと思います。ですが、私はやっとあなたの考え方をちょっとだけ理解することができる器量の持った人間に近づくことができたのかもしれません…

ありがたいお言葉…今でも大切にしています。


本当にありがとうございます。



もう塾講師はお辞めになったんですよね。
いつかお会いできるときを楽しみに、自己研鑽に励みます。




p.s.
否ろりんさん、これからもお互いがんばりましょうね(^^)

posted by yuichi_saito at 01:28| 教育全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月31日

単一的な見方は嫌だ。

よくこんな光景に出くわす。

塾、家庭教師、予備校関係者…
「学校では何をやってるんだ!!こんな状態になるまでほっといて。」

学校関係者…
「所詮はその問題が解けるようになるだけでしょ。」



なんかね。
学校と塾ってすっごい対立してるように見えるんですよね…。
ちなみに私の言う学校って公立学校のことです。。。


私はいつも思うことがあるのですよ。

塾関係者の人たちに対しては…
この人は本当に学校の現場を見ているのだろうか?単なるイメージでしゃべってない??って。


学校関係者の人に対しては…
この人は本当に塾の現場を見ているのだろうか?単なるイメージでしゃべってない??って。


みんなが自分たちの知らない世界のことをイメージで見ているんですよ。勝手に作り上げたイメージで。。。

そんな世の中でいいんですかね??


私はそんな偏った見方で考えたいとは思っていません。それぞれに良いところがある以上は、もっと広い見方で見たらどうか??っていつも思っています。

結局、教育をしようと思ったとき、「学校」という媒体で行うことができるものもあれば、「塾」という媒体で行うこともできるものもあるじゃない。

それぞれに特徴があるんだから、お互いを認め合おうよ。


どうしてそんなに学校を嫌うの?
どうしてそんなに塾を嫌うの?


今一度、考え直してもらいたいものです・・・


p.s.
今、私の周りには、塾関係者、予備校関係者、学校関係者…、そんな方々がいっぱいいます。それぞれに思いがあることは事実ですが、お互いを批判しあってどうするのよ…と感じることが多いです。


posted by yuichi_saito at 01:17| 教育全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月19日

数学を理解するとは何か?

数学を理解するって何なのでしょうか?

・数学を理解している。
・生徒に理解させる。
・本当に理解してる?

う〜ん。
ちょっと、短文書いて見ましたが、そもそも何を持って理解と言っているのでしょうか?理解という事柄自体を理解して使っているのでしょうか?


教える側がまず理解そのものについて、学ばないとですよね。でないと、理解って言葉使えないですよ。。。


理解という事柄を学ぶには、心理学の素養が必要です…。そんなこんなで、最近、心理学にかなり惹かれてます。。。元々高校時代にも興味あったのですが、ここに来てまた惹かれちゃってますよ〜(^^)


勉強頑張るぞ〜

p.s.
少しでもみんなが幸せになれるように、もっともっと学んでいかなきゃ!!いつも応援ありがとうございます。




posted by yuichi_saito at 01:13| 教育全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月11日

なるほど…

大学院の授業で「教授設計論」という授業があります。今日は、受講者のそれぞれの教育体験のお話を聴く機会がありました。

その中で、とある方のコメントがとても印象的でしたよ。この方も私同様に、大学1年生からずっと塾講師をしているようで…。




一応、お断りしておきますが、以下に述べることが本当かどうかは私にもわかりかねます。ただとても納得いく内容だったので、ここに残しておこうと思います。


みんなが知っている超有名なある通信教育講座についてです。赤ペン先生が添削してくれるヤツですよ…。

そこで働いている社員さんがおっしゃっていたそうですが、この通信講座の提出率…20%だそうです。残りの80%の子供たちは提出しないそうですよ。

しかも、お話によると元々全員が提出すること前提で赤ペン先生の人数を確保していないトカ。もし仮に全員が提出してきた場合、会社は赤字になって、モトが取れない状態になるそうです…。


私はこのお話を聞いて、なるほど!!って感動してしまいました。あれだけの価格で添削サービスを提供できるのは、80%の提出しない子供たちがいるお陰だったのか…って。



ただ逆に、提出できる子たちにとっては、低価格で受講できますし、何よりも良い学習習慣になりますね!!結局、利用したもの勝ちってことでしょうか。。。


まあこれは何でも言えますが、塾も予備校も学校も…利用したもの勝ちってことですかね。この精神は大切だなって改めて感じましたよ。










posted by yuichi_saito at 00:54| 教育全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月15日

相手のレベルに合わせる指導

私は一方的な課題やレベルを押しつける指導者・先生が大嫌いです。生徒のレベルを考えず、ただ課題を与える先生がまじめに嫌です。

課題を出す場合においても、先生はあくまでも長期的な目線で課題を出すべきで、そのことを生徒にしっかり伝えるべきだと考えます。生徒をしっかり納得させた上で、課題を出すべきだと考える私はおかしいでしょうか?

いろいろな教育論が飛び交っていますが、その中のひとつとしてこんなのがあったと思います。どっかで聞いたことがあるレベルですが…。





「教える内容」を優先するか。
「生徒の状態」を優先するか。

「教える内容」を重視する場合、あくまでも先に内容ありきで物事が進みます。たとえば、受験数学であれば、東大の入試があって、それにあわせるべくして指導していきます。

ですが、あまりにも本人の実力とかけ離れた場合、内容重視では破綻してしまうと思うのです。中学生で数学ができない…そんな子がザラにいます。高校生になって、数学が苦手になってしまった…そんな子もたくさんいます。

私は、教科書という教えるべき内容を重視しすぎた結果、数学離れを引き起こしているのではないか…と思うのです。内容重視で教えることで伸びる子は、誰が教えたって伸びます。そんな伸びる子を教えて、伸ばして先生は喜んで…意味があるのでしょうか?私は、そんな先生にはなりたいとは思いません。


それとは別で、「生徒の状態」に合わせた指導があります。私はあくまでも、こちら側をメインに考えたい。生徒の実力を見抜いた上での、指導でありたいと考えます。もちろん、全部が全部生徒側に合わせるわけではありません。乗り越えられるであろう壁を用意し、そして一緒に乗り越えていく…。そんな指導を目指しています。

だから、私が生徒に課す課題は難易度にいつも変化があります。成長してきたら、ちょっと上のレベルを。成長してきたら、またまたちょっと上のレベルを…。それを繰り返すことで、成長を促し、引っ張っていけたらいいなと思ってます。


結局…
「内容」か。「生徒の状態」か。
どっちなのか?

ということではなく、どうバランスを取るのかってことなのかもしれません。うまく階段を用意してあげて、上っていけるようにしてあげたいですね。まあ、その階段を用意する作業もいずれは生徒自身ができるようになれれば最高だと思います。そうすれば、あとは自分で進んでいけますから…。

それにしても、いきなり壁3メートルを乗り越えなさい…。なんて言われても、できないのが普通の子ですよ。その壁を乗り越える過程で成長するという考え方もありますが、モチベーションの低い子にはまず無理でしょう…。あきらめるほうに流れちゃいますから。。。




p.s.
もっと考えてほしいな。。。
ある方へのメッセージです。
posted by yuichi_saito at 13:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月16日

プロ

どこまで教えるかの判断が本当に難しい。

わかった気にさせることも大切だけど、それじゃ伸びない。いや、それだけで伸びてくれる子はもともと賢い子たちで、多くの子は手取り足取り教えすぎると、何もできない子になってしまう…。世の中、言っただけでできるような賢い子ばかりではないのですよ…。


本当に難しい。
どこまで辛抱するか…。

しゃべちゃったほうが簡単なのです。
わかった気にさせちゃったほうが楽なのです。



「できないのはその子のせい。」
「私は分かりやすく教えてます。」
これは先生の完全なる逃げだと思う。
やっぱり結果を出してこそ、プロだよね…。

私は、指導暦5年以上になります。
まだまだ奥が見えてきません。
面白いくらいに、難問が次々と目の前に現れます。

すべての子において、結果を出さなければ…。
相性が悪いなんて言い訳したくありませんし、教師がそんなこと言い出しちゃいけないと思うのです。私は、プロとしての腕前を披露しなくてはいけないのですよ。




いいですか?
たまたま教えて、結果が出たのは、普通です。
それは凡人のすることです。

プロは要求されて、狙って結果を出すものです。
それがプロであって、プロであるための必要条件です。(十分条件ではないと思いますが…)

私はプロです。
プロと言いたいのです。

プロって、社会人だからプロなのですか?
それって、間違ってるような気がします。

社会人だから…プロ???
そんなのがプロであるための必要条件なんですか?
違いますよ。絶対。


もう一度、言います。
プロは要求されて、狙って結果を出すものです。
それがプロであって、プロであるための必要条件です。


私はこれを肝に銘じて、取り組んでます。
必ず結果を出してやる。
何が何でもやってやる。
どんな状態からだって、やってやりますよ。





posted by yuichi_saito at 01:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月13日

言葉の定義

以前にも書きましたが…

やっぱり定義って難しいよね。
人によって、同じ言葉でも全然捉え方が違う…。
さっき研究室の方々とちょっと会話したときも感じましたよ。




私は「数学」と「受験数学」を区別するべきだと思ってます。数学の部分集合が受験数学になるわけですが、多くの人は受験数学を数学と捉えているような気がするのです。現状では仕方ないのかもしれませんが、中学・高校って、やっぱり受験のための数学になってると思いますよ…。

まず、テストで、しかもあんな短時間で答えなんか出せないですから…。じっくり考える時間がない以上は、ある程度のパターン学習をしないことには入試には対応できないです。問題を見て反射的にできるようにならないと、受験数学では点数が取れない。。。

意味をつかみながら、受験数学を勉強できればいいものの、点数だけに固執しすぎると…公式類はすべて暗記で押し通す先生も出てくる始末です。。。無味乾燥な数式を覚えることほど虚しいことはないと思うのですよ。

数学は一歩一歩理解できる過程が楽しいのであって、それをすっぽかしてしまったから、それこそ…ねえ。

「受験のためだけの数学」
になりますよね…。



物事の本質を考える習慣。
なぜ??

これを学ぶことができる数学であってほしいと思います…。
posted by yuichi_saito at 14:20| Comment(2) | TrackBack(0) | 教育全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月09日

学部は関係ない。

学部は関係ない。

こちらの記事を一度ご覧になってください。

「数学」だの「数学教育」だの。
そんなのは関係ない・・・。
それはよく分かります。
結局は、その人次第だってことですからね・・・。

ただまあ、あれですよ。
確率の問題ですよ。

有名大学出身のほうが、比較的有能な人材が多い・・・みたいな。。。全員が全員有能なんてことはないです。それと同じだと思います。


理学部数学科は、教育学部数学科より比較的「数学」に興味がある人が多い。教育学部数学科は、理学部数学科より比較的「教育」に興味がある人が多い。

それだけです。

教える立場になったとき、どちらが良いのか??
なんてないですよね・・・。

「良い」とか「悪い」とか。
そんなもん評価の仕方によっていくらでも変わってきますし・・・。まあ、どちらにせよ「人間力」みたいなものは必要だと思ってます。



ケンカをふっかけたワケではないです。
ごめんなさい。













posted by yuichi_saito at 00:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 教育全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月07日

もう一度・・・

前回の記事について。

私は、「数学にしか興味のない人が数学を教えないでほしい」と言っているのですよ。数学好き&人好きの方が教える分には、最高だと思います。

教える以上は人と人との関わりがあるわけで、コミュニケーション能力が大切になってきます。しかし、数学の勉強は基本的には、自分との格闘になるので、数学好きの人は相対的にそういった行為をひたすら繰り返してきた人になると思います。人に対する気持ちを考える機会をたくさん経験していれば良いと思いますが、そういう経験を積んできた人が少ないのではないかと思っています。私は数学科出身ですが、少なくとも私自身は数学科に偏見を持ってますよ。


それと、もうひとつ。
数学の世界では、厳密さが要求されますが、それを現実世界に持ち込みすぎるのもどうかと思っています。人間に対してあまりにも厳密さを要求しすぎると、相手は疲れてしまいますよ・・・。プログラミングであったり、会社組織であったり、イベント企画を立ち上げたり・・・そいういった機会には、存分に厳密さを要求するべきだと思いますが、こと人相手では。。。数学科の教授の離婚率が高いのは、そういったことが反映しているような気がしましす。(離婚率の話は数学科の教授から聞きました)

私は、「曖昧さを兼ね備えた人間」と「厳密さを要求する数学」の二つの素晴らしさを、ときと場合によって、使い分けられるような人間になりたいです。


posted by yuichi_saito at 17:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月02日

考え方

某ブログでこんなことが書いてあった。
どのブログかは書きませんが・・・。

「誰かが幸せになれば、誰かが不幸になる」
「自分が幸せになるためにわが道をゆけば、おのずと競争が生まれ、自分が勝者になれば、誰かが敗者となる」


あなたはこの考え方に共感しますか??

私は、なんてかわいそうな考え方なのだろうかと思ってしまいました。こんな可愛そうな考え方しかできない人がいると思うと、この世の中どうなってるんだろうって、感じてしまいます・・・。

結局、この考え方って視野が狭すぎな気がするんですよね・・・。文章読んでると、この世の評価基準がたったひとつしかなくて、それが全て・・・みたいな。。。それしか視野に入ってないんだもん。まあ、私も人のこと言えないことが多いですが・・・。


というか、私からすれば・・・
「あなたにとっての勝者って何?」
「あなたにとっての幸せって何?」
「勝者になると幸せなんですか?」
と聞いてみたい。

幸せの一般的な基準なんてないんですよ。本人自身がどれだけ今の自分に満足できるかで、幸せと思うか、不幸せと思うか・・・が決まると思います。私はたったそれだけだと思ってますよ。自分と他人の幸せなんて、独立してるもんじゃないですか?そもそも幸せなんて、比べようがないよ・・・。


私は、小さい頃からの親の接し方(考え方)ひとつで、子供がどうなれば幸せと感じるのか・・・の大半が決まると思ってます。きっと、この考え方を持つ方は、意識的か無意識的か知りませんが、そういう環境で育てられてきたんだろうなって、感じてます・・・。もちろんそんなことを感じてる私自身も、親の影響が色濃くあると思いますが・・・。



う〜ん。
自分が幸せになり、誰かが不幸せになる・・・か。

これは精神的な部分を軽視してるがゆえに起きる考え方かな??目の前にある物質的な部分を重視した考え方ってことかな??だって、それくらいしか他人と比較できることなんかないですし。。。


教育環境ってホント重要ですよね。。。
まあ、結局は親が子供にどういう人間になってほしいと思うかによって、育て方や教育環境が変わってくるんだと思いますが・・・。

posted by yuichi_saito at 08:50| Comment(1) | TrackBack(0) | 教育全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
にほんブログ村 教育ブログへ